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「パーフェクト・プラン」 [reading]

 面白かった。最初、裏表紙読んで「代理母」とか「ES細胞」とか、とにかくてんこ盛りなのを見て、大丈夫なのかと抵抗を覚えたんだけど、「代理母」が「一号」に会いに行くところまで我慢して読んじゃえばあとは転がるように読んでいけた。

 あれ書いてる人が女の人だって、巻末の解説を読むまで気が付かなかった。すごいね。女の人で、しかもそんなに若くもないのにあんなにピコ秒な話を書けるなんて。それで私が思ったのは、この人がピコ秒なことを覚えたのは、きっと話の中で女刑事がピコ秒なことを独学するきっかけになったエピソードそのままなんじゃないかなってこと。でも、独学でそんなとこまで学べたんだとしたら、きっとこの人はそういう方面にもそうとう頭がいいんだろうね。センスがあるって言うのかな。それと受賞した当時47歳くらいでしょ?この人。それでいてこのキャラの描き方が出来るのは精神的にもかなり若いってことだよね。
 特にすごいなって思ったのは、ホストにはまったお母さんと、ハッカーの男の子の心理描写。私にはああいう壊れた精神っていうか、健全な狂気みたいなのは描けないな。
 ちょっと口惜しかったのが、それぞれのキャラ自身の背負ってるものとか、お互いの関係をもう一歩踏み込んで描けてたら作品にもっと深みが出たんじゃないかと思ったこと。
 私個人の意見として、どんなミステリーも物語のほころびはその根幹にあるっていうのがある。そもそもそんなことがなければこんなことにはならなかったみたいな。物語の分岐点ってあるじゃない。そこで『なんでそっちに行くかな』みたいな根本的な突っ込みどころがあることによってミステリーは支えられていると思う。つまり、そういう根本的に「それってどうなの?」みたいな理不尽がなかったら話が進まないという、半ば強引な条件の上に物語が成り立っていることが多いと思う。
 例えば今回のはまず、これってインサイダーにならないのかってことだった。それと、「インフィニティ」の不具合を突き止める姿勢が甘すぎると思う。3ヶ月もまともに動かなくって経営破たんを招きそうなくらいなら、もっと可能性を拡大して追求してみることしてもいいんじゃないの?でなきゃもう新しいシステムを別に作るとか。ちょっと緊張感足りないんじゃない?だから第三者による悪意の可能性に気が付くまでに時間がかかりすぎじゃないかという印象だった。よしんばそれを「うちに限って…」みたいな精神状態だったからと無視するとして、警察が乗り込んできてハッキングが認められた時点でなんでさっさとネットワークから切り離さないか。覘かれてると分ったら普通最初にやるだろそんなこと。大体、オンラインで商売しててセキュリティ甘すぎると思う。家で自分のメールを嫁に読まれ放題だなんて。ありえない。
 ハッカーがわざわざリスクを負ってソーシャル・エンジニアリングをしに来る必要が飲み込めなかったけど、あれは捕まりたかったってことでいいのかな。ハッカーの人物描写も物語の中枢を担ってて途半端な気がしたな。この子がこうなったいきさつも、それが彼の固執する父親の自殺とどう関わりがあるのかも。それから、その事実が明るみに出るまで代理母がエキセントリックな人柄である必要性も飲み込めてなかったんだけど、つまりは怪しい人物を見破る基本的な常識が欠如しててくれないといけなかったということでいいのかな。彼女が詩人でその詩集をハッカーのなき父親が持っていたって言うエピソードとか必要だったのかな。故郷の家の前で泣き崩れる場面なんかは唐突過ぎて『お前もか!』って感じだった。
 証券マンに息子が戻ったことも意外だった。この男の家庭を顧みない無責任が全ての元凶だって言うのに、そんな男に養子の、それも代理母に生ませたような子供を返すか?はたから見ても子供を育てる能力はないって思うだろ。代理母の元に戻るのかと思ってたのに。
 あと気になったのが、Joshuaの読み方。みんなして間違える。ちょっと英語を学んだことのある人なら、東欧ではJをイって発音すること知っててもいいと思う。ヨハネだってアルファベットで書いたらJohneじゃん。そうでなくても聖人にそういう名前の人がいるとか知らないもんだろうかと思ってその辺がちょっと引っかかった。

 それでもこの話面白かった。登場人物のみんなが同じ傷を脛に持ってたりして。みんな泣くし。同じようなことで。泣きすぎでちょっとうんざりするくらい。ただ、だから残念なのは、いい大人がそろってそんなにわんわん泣くほどの深みってものをもう少し与えてくれたらよかったのにって思った。

 物語の後半になると、この話の主人公が本当は誰かってことが分かってきて、Enigmaたちの人物描写がなぜ希薄に感じるのか納得いくようになる。この物語の中心はハッカーと女刑事だ。Enigmaのメンバーはあくまでストーリー上の素材に過ぎない。だから人物描写がほかの連中に比べてはっきりとした輪郭を持たなくて歯がゆく感じるんだろうなと思った。

 個人的にこの話で一番驚いたのは、女刑事が女だったってこと。私ずっと男だと思ってたんだよね。刑事が証券マンの家に乗り込んだのをハッカーが覗き見してて、向こうに女の人がいるって言うんでびっくりした。『女だったの?!』と思って。それまでこいつはゲイかと疑うくらい男と思い込んでた。あそこが一番のサプライズだった。
 逆にサプライズが裏切られてがっかりしたのが、ハッカーの名前。Joshuaをヨシュアって読めるのは自分の名前がそうだからかもしれないとかいうからさ、『えーーーっ、外人なのーーー???』と思って、ハッカーが外人である必要性とか、この話しにどう外人を結びつけるのかと思って、その後刑事がどうハッカーに迫っていくのかすごい楽しみにしてたのに普通に日本人だった。がっかり。

 最後に、虐待母のキャラは強烈だった。間違っている人は強い。正しい人は潔いゆえに脆い傾向があるけど、間違ってる人間ほど生に執着があるからしぶとい。土を舐めたって生きようとする。あんなにねじれた人格を、不健全な精神をよくこんな涼しい顔してすらすらと描けるなぁと思って感心した。
 桐野夏生を読んだときにもよく感じたことだけど、そういうのって私にはないものだ。歪んだ精神の残忍さや狂気って。ちょっとうらやましく感じる。多分、表現したい世界をポジティブなフィルターを通して見る人と、ネガティブなフィルターを通して見る人がいるんだと思う。私やハルキは多分前者で、この人や桐野夏生は後者なんだと思う。そういう自分が忌むものも描けたならもっと表現できる世界が広がるんだろうなとは思うんだけど、ただ問題なのは、あまり自分がそれを描きたいとは思ってないことなんだな。そういうことも描けた方が話を書く人間の技術として高いというのは絶対なんだけど。

宝島社文庫「パーフェクト・プラン」


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