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「マーブル・アーチの風」 [reading]

 大森望が「二十年経ってから再読して」なんて読者を突き放すような解説の仕方をするのは、私が知ってる限りでもこれが2回目のような気がする。多分、前のは「ヒッチ」の最終巻だったんじゃないだろうか。どうやら大森望は歳とっておセンチになっているようだ。元気出せ望。君の持ち味は生活感を感じさせない毒舌ぶりとテンションの高さじゃないか。嘘でもいいからそのキャラを突き通して見せてよ。

 でも、やはりこの人の仕事は丁寧だ。ひょっとしたら単にモノ好きのお節介なのかもしれないが、しかし大森望自身が編集、翻訳しているだけあって、あとがきの情報量と質が他の翻訳作品に比べて格段に高い。大森望がコニー・ウィリスの作品を手掛ける時は特にそうだと思う。まあ、要はその作品の編集に翻訳者がどれだけ関われるかと言う地位というか、権威の問題だと思うけど。だからこそ思うんだけど、本当にその作品や、作家を愛しててそれに携われることってほんとに稀のかもね。
 今、大森望でググったら「下読み王」って書いてある。そうか、私この人、翻訳が仕事の人と思っていたけれど、違うんだ。「出版社」の人なんだ。それで、「メッタ斬り!」みたいなのを書いてるわけね。おーほー。その望みが長嶋有のことを「今や押しも押されぬ」と評している。本気なのか?私にはあんな大賞を受賞しているにもかかわらず、なんか扱いが小さいとしか思えないのは一重に有がサブカル系の題材ばかりを好んで扱うからではないのか。いや、ま、いいんだけど。有は有らしくあってほしい。ただ、「押しも押されぬ」って、それはつまりあんなテーマでもぽんぽん本が出せてしまうことを言っているのだろうか?と思ってね。

 話が大分逸れたけど。
 「ウィネベーゴ」(あまりのショックに未だ感想を書いていない)の印象があったからちょっと用心していたんだけど、どの話も割合楽しめた。

 「白亜期後期にて」
 すごい短い作品。ちょっと驚くよ。これは400字詰め原稿用紙換算にした何枚なんだろう。
 ライト博士は「航路」のジョアンナを彷彿とさせた。きっぱりしていて、自分の直感に素直で、決断が早い。学部の統廃合を「あと5年は心配しなくていい」と分った時には、既にパイロット養成学校に入学金を振り込んでしまった後で「もう手遅れ」だったという短絡さには、自分を重ね合わせないでもないけど、ライト博士と私とでは持ってるものが違うからな。 それでも、あっさりすぎる程の抵抗で状況を見限って、さっさと外へ飛び出してしまった博士の背中は(実際にはそんな描写はない)まぶしかったし、最後にガラパゴスのカメみたいな印象を残すオスニエル教授の描写がなんとも対照的で印象に残った。
 胸がスカッとする話だよ。

 「ニュース・レター」
 -あなたに起こる小さなSF-
 そんな感じ。なんだか人の生活を垣間見るような、そんなあったかい雰囲気のある作品だった。これも主人公はジョアンナみたいな、ライト博士みたいな女性だった。個人的には会社にスニーカーを置いてる所に好感が持てた。コニー・ウィリスの描く女性は皆頭が良くて機転が利く。短編だし、かなり結論に飛躍的なアプローチをするので、単純に読んでると、思わず伏線を見落としてしまう。 なので、ナンがどうしてサーモスタッドの温度を上げて回るのかの理由を理解するのに、戻って読み直してしまったよ。あと、ジムって何者だっけ?とかね。
 コニー・ウィリスは先生らしく、話の筋に文化を絡めて描くのがうまい気がする。もっとも、私の考えすぎかもしれないけど。でも、この前の作品なんかもそうだけど、こんなちょっとの話をするのに、古生代のことを調べたりするわけでしょ?進化論なんかを勉強するんだよねえ?そういう話を書くために、そういう文字にならない、物語の表面に出てこない、下地のリサーチをちゃんとする人をすごいなと思ってしまう。私にはちょっと真似できないっていつも思う。
 クリスマスにそんな手紙をやり取りする習慣があるなんて知らなかったな。クリスマスカードでなくて、そんな面倒くさい長ったらしい話を書いてさ。クリスマスカードも年賀状みたいなもんなんだろうけどさ、私は何年か前から年賀状すらあくのをあきらめてしまったよ。
 ここに描かれる家族の肖像が好きだった。口やかましいお母さんと、いつまでも恋人のできない主人公と、常に犯罪者の恋人がいる妹とか、その他自分のことでワイワイする親戚連中。ナンは台風の目で、そんな喧騒からは距離を置いている。そのスタンスにも親近感が湧いた。気になってた人とのロマンチックな瞬間が訪れてもナンは冷静さを失わない。その芯の強さというか、見極める力というか、が私にもあればいいのになと思った。

 「ひいらぎ飾ろう@クリスマス」
 コニー・ウィリスはワーカホリックな女性とか、虐げられているような状況をなんとか四苦八苦しながらやりくりする女性が好きなのかな。この話は「ウィネベーゴ」に入ってた地球外生命が地球に来て和平交渉(?)をする話を思い出させた。そこに出てくるヒロインも仕事ではないが、状況に苦しめられつつなんとかうまく立ち回ろうと必死になってる。恋人と思っている相手もワーカホリックでヒロインのことをほったらかしなのも似てるし、そこへ地に足のついた理想的な別の誰かが現れるというのも同じだ。
 クリスマスは、あー、今の私には飾られてあるものを楽しむもので、自分で飾るのを楽しむものではない。つまり、自分で飾るのに一生懸命になるほどのものではないと言いたい。と言いながらやはり子供のころは飾り付けにこだわった利した時期もあった。バブルだったし、いくらでも飾りにお金をかけられた。けど、それも大きくなると意味をだんだん失ってったな。多分、飾っても飾っても毎年毎年薄汚れてったり壊れたりで使い物にならなくなるものを買い足していかなきゃいけないのを目の当たりにして、疲れちゃったんだろうな。もったいないし、きりがないって。で、飾りをしない今となっては、クリスマスはケーキを作るイベントという位置づけになっている。
 でまあ何が言いたいかというと、このウィリスがいうみたいなクリスマスの飾り熱みたいのにはちょっと私は引いてしまうなと思って。基本的にはよそんちの教義だから私が文句を言う筋合いではないとは思うけど、キリストは清貧を説いたんではなかったのか?傍から見てると、もそっと質素で厳かにクリスマスを過ごせないのかねと思う。なんでもそうだと思うんだけど、お金出し始めたらきりがないと思うのよ。本当に祝う気持ちがあるならさ、高価な使い捨ての飾りを買うより、神棚拭いてきれいにしてあげた方が、新年を迎える気持ちって言うのができると思わない?って、去年は神棚掃除をお母さんに押し付けてしまったので、今年はちゃんと自分でやって、榊も早めに買って正月支度しようと気持ちを新たにするいい機会でもあったな。
 リニーの仕事はベンチャーなんだけど、自分がこの仕事に情熱を注ぐ理由をこう述べる。
 「いまどきの仕事って、たいていすごく専門化してるけど、この仕事は違う。それに、あるひとつのアイデアを、証明やツリーの装飾にどう応用するか考えるのも大好き。」
 その様子にすごく共感できた。モノができてく過程を最初から最後まで自分がコントロールして完成させる満足感は私にも経験がある。あれは確かに病みつきになる。私もそう言う達成感が好きだった。
 架空キャラということで、「イブニング・プリムローズ」って名前が出てきた。「黒の契約者」でアンバーが組織した契約者達の計画もイブニング・プリムローズって名前だった。なんか寓話があるのかなと思ってググったけど、最初のページだけでは分らなかったな。ただ、月見草のことだということだけは分った。月見草。月見草と言えば太宰。太宰が「富嶽六景」で「富士には月見草がよく似合う」と言って、月見草の種を拾って来て泊まっていた宿の周りに勝手に撒くという件がある。それが印象的で。月見草ってどんな花だろと思って興味があったんだけど、Wikipediaに載ってるのは「ヒルザキツキミソウ」という花だった。しかし、太宰は黄色って言ってたからヒルザキツキミソウではあるまい。検索してもなかなか自分の思う答えにはたどりつけんよ、伊坂。
 で、これがウェブで見つけた月見草。

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 ワオ、こんなにおっきな花なんだ。地べたにくっつくみたいに咲くんだね。私はこの花見たことないな。これ見てみたい。
 「眺めのいい部屋」って、あのジュリアン・サンズとヘレナ・ボナム・カーターが草原でキスするシーンが、作品の中で一番印象的だって言う話は、映画作品としてだけじゃなく、文学作品としても有名な一般通念なんだね。そっか。学生の頃、よくその少女マンガ的なキスシーンの話を映画好きの友達として盛り上がったのを思い出した。きっと、そんな風にE.M.フォスターのこの話は、その昔から女の子の恋への憧れをくすぐってきたんだろうな。そう思うとおかしくもあるし、その様子をかわいいとも思う。違う時代の違う環境で育った違う少女たちが、同じひとつの作品をめぐって同じ憧憬を胸に抱くんだよ?かわいらしいじゃない。そう言う普遍的な作品を残せるってすごいなと、改めて思った。

 「マーブル・アーチの風」
 これはなかなか読みごたえがあるよ。大森望が感慨に耽ってしまったように、私も「老い」について考えをめぐらさせられた。私の場合は振り返る時間がまだそれほど長くないから、望ほどの寂寥みたいなものか、失われて二度と取り返しがつかないというような切羽詰まった感じは覚えなかったけど。ただ、考えたのは、望がそう感じたのと同じように、コニー・ウィリスも年をとって、変わっていくもののことを考えたのかもしれないってこと。もっとも理解し、愛しあっていると思っている者でさえ、時間が経ってみると思ってもみなかったような変異を自分の知らぬうちに遂げているという衝撃は私にも伝わった。ただ、うーん、私にはそれを悲しいというか、泣いて否定するほどの罪なのかと私にはよく理解できなかった。だって、不変なものなんてないよ。よく知ってる友達夫婦が浮気をしたからってなんだっていうの。そんなのいつだって、誰にだって起こりえることだよ。確かに心変りは愛しているほうからしてみれば辛くて悲しいことだけれど、そのリスクは老いにあるわけじゃない。キャスってずいぶんめでたいんだなぁと私は思った。
 ロンドンの地下鉄は萩尾望都のおかげで少し抗体があったから、それほど話についてくのに大変だったということはなかった。ロンドンを縦横無尽に年のいったおっさんが、オカルト的な現状を追いかけて駆けずり回る様子はサスペンス的な要素もあって面白かった。ウィリスはロンドン空襲の話を何度も持ち出すけれど、そのイベント自体に何か思い入れがあるのだろうか。自分がその時の生き残りっていう訳ではあるまい?
 老いって、移ろうものを受け入れられなくなるってことなんだろうか。移ろわないものなんて何一つないこの世界で。
 よく考えるんだ。お父さんが生まれたころと今ではこの辺りの景色は今ではもう完全に違う街になってしまっていると思う。それを受け入れられないなんて事が今まであったろうか。景色を一つ一つ失っていく毎に、いちいち涙を流して感傷に浸っただろうか。どんな変貌も、ある意味その時代に生きた我々自身がそう変化を望んだ結果だと思う。もっと今のありようを素直に受け止められないんだろうかと思って、私はちょっと不思議に思った。確かに思い入れのあるものをなくしたり、好んだ景色を失ったり、ましてや愛する人の心変りや、離別っていうのは悲しいけれど、だけど、止められないでしょ?すべてこの世は流転の層が見せる一つの面にすぎないんだってことを理解しないでそんな年まで生きてきたの?変わらないものなんて何もない。変わらないんじゃなくて、変わっていくすべてを自分がどう享受していくか、すなわち、自分自身も変わっていく万物に合わせて、多かれ少なかれどう変わっていくかってことが人生なんじゃないんだろうか。

 「インサイダー疑惑」
 これはすっごい面白いよ。この話が一番好きだったかな。サスペンスってわけじゃないのに、ハラハラドキドキさせられた。ロブの懐疑主義者としての決心の固さに唖然とした。ナンもそうなんだけど、自分が気持を寄せる人とのせっかくのチャンスなのに、よくあそこまで自分を見失わずにいられるなと思って呆れた。その姿勢の頑なさに、こいつら結局自分が好きなのか?と思ったほどだった。ロブの頑なさは、理想的な異性との運命的な瞬間も懐疑主義者としての信念から目をつぶって首を横に振るみたいな頑固さだった。懐疑主義者って、愛とか恋とかできないんじゃないかと思った。だって、懐疑主義者って相手の愛情や貞節を手放しでは信じない人たちのことなんじゃないかと思って。それって、付き合ってる人にとってもつらいよねえ。信じてもらえないのって。
 ロブは自分の信念からキルディを遠ざけるけど、ウィリスの巧みなプロットで最後に愛は勝つみたいなエンディングは爽快だが、ロブの根底にある人を疑う心のことを思うとやはりちょっと暗い気持ちになる。なんとなくキルディとロブはうまくいかなかったんじゃないかと思って。というか、ロブみたいな人間はきっと人を心から愛するなんて事が出来ない気がする。
 H.L.メンケンという人の引用が各章に掲げられている。望み曰く、この人は実在の懐疑主義者だ。それもかなり高名な。進化論裁判て言うのを私もちょっと読んでみたいな。メンケンという人は懐疑主義者なのか、それとも出版社の人なのか。「冷蔵庫の中の赤ん坊」というのも読んでみたいな。なんとなくすごくグロそうな話のような気がするけど。「郵便配達は二度ベルを鳴らす」の人がその前哨で書いたならなおさらだろう。
 そんなことをいちいち望が知ってて驚く。モノ好きが高じて知っているだけなのか、この作品を書くにあたってわざわざ調べたのか、はたまたその道で食っていくプロとしては当然の学問で、業界の人間であれば常識なのか。

 この本を読んだことで、また他の作品に手が伸びそうな機会を得られたことがうれしい。
 あとは、読みたい本が手に入るかどうかだな。


マーブル・アーチの風(プラチナ・ファンタジイ) (プラチナ・ファンタジイ)

マーブル・アーチの風(プラチナ・ファンタジイ) (プラチナ・ファンタジイ)

  • 作者: コニー・ウィリス
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2008/09/25
  • メディア: 単行本



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