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「宇宙の果てのレストラン」 [reading]

 映画の出来がよかったので、敢えてそれにあたる小説は読まないことにして、続編ぽいこれから始めることにした。

 冒頭すごいテンポで話しが進んでいくので舌を巻いてたんだけど、4人が2人づつに分かれた辺りから物語はいきなり泥沼に足を突っ込んだみたいになって、ハルキもびっくりなくらい唐突に終わる。「ヒッチハイク」シリーズが5作からなる3部作といわれる意味がよく分かる気がする。つまり単に3作で収め切れなかったというだけなんだな。

 小説を読んでみての最初の印象は、元が脚本家のせいか、かなりアクロバティックでフィジカルな表現をする人だなと思った。たとえば「脳がとんぼ返りする」とかね。まあそれは多分にこの訳者の技術によるところも大きいとは思うけど。
 私はこの翻訳者がすごく気に入った。まずは、とにかくちゃんと日本語にするあたりが。それから、主人公たちの会話の下地に英国独特の文化がある場合はそれを注釈で入れてくれる。気が利いてるなぁと思って感心した。本来翻訳の仕事ってこれくらいやってくれなきゃいけないと思う。最近、「敢えて訳さない」といってはばからない訳者にばかり縁があったから翻訳という仕事に違和感があったけど、この人の仕事ぶりを見てたらなんか感激してしまった。この作品がとっても好きで、その作品の背景にある文化によく精通しているということがよく分かる。本来翻訳って言うのはそれほどの知識がないとまかりならないもんなんだよね。やっぱり。

 「ヒッチハイク」の小説版に対する私の勘はよかったと思う。「宇宙の果て」は2作目にあたるんだけど、ここからでちょうどよかったと思う。映画を見てたおかげでかなり入りやすかった。物語は映画の内容を、もしくは1作目の内容を度々復習しながら進む形をとった。
 作者はイギリス人らしさを愛するイギリス人らしく、そういうエピソードは小説の中にも尽きなかった。降霊術をやり出すところなんて、イギリス人て本当にそんなことやるんだって吹き出しちゃうくらいだった。でもやっぱり一番好きだったのはお茶のエピソードかな。みんなの命を省みずに宇宙船がその能力のすべてを注ぎ込んで作った紅茶。なんだかすごくおいしそうで、ちょっと飲んでみたかった。ただちょっと気になったのが紅茶を銀のティーポットに入れるんだよね。それがフォーマルなスタイルなのかしら。でも銀のティーポットなんて、お湯冷めちゃわないのかしら。私のイメージではフォーマルなティーウェアって、ウェッジウッドなんかの白地の磁器っていうイメージがあったんだけどな。紅茶について正しい知識のない調理コンピュータやエディ(船載コンピュータと訳していることもあった)にアーサーが紅茶のおいしい入れ方のノウハウや歴史やら背景なんかをかいつまんでではあるけれど、我慢強く語って聞かせる辺りなんかに紅茶に対する並々ならぬ執着が見えて好感が持てた。おいしい一杯を淹れるのにかくも複雑なプロセスがあり、そこには血なまぐさい史実が絡み合っていたりする。コンピュータがそれを彼らなりに一生懸命学び取って具現化しようとする様子(は実際には書かれてなくて単に黙りこくっているだけなんだけど)はいじらしくさえあった。

 「宇宙の果て」の原題はこうだ、"The Restaurant At The End Of The Universe"。私は最初この”At”は場所をさしているんだろうと思っていたのだけれど、つまり、宇宙の広がりの端っこにあるレストランなんだろうと思っていたのだけれど、本を読んでみてびっくりこの”At”は時間をさすものだった。つまり時間軸的に宇宙の終焉するまさにその瞬間に居合わせることの出来るレストランなんだな。んなバカなと思うんだけど、彼らはタイムトラベルが出来るので宇宙が消えたその瞬間に時間軸をまたしかるべきところへ戻すらしい。はー。
 で、物語はそっからおかしな方向へと転がり始めて戻らないまま終わってしまう。
 ゼイフォードはこの宇宙を作った人に会いに行くとか言いだしてというか、言い出されて、しかもそれが自分で自分の頭を封印したことに端を発するらしいんだけど、どういうわけかオリジナルなゼイフォードは今のゼイフォードを作って自分は第二の頭の奥へしまい込み、以来表には出ないように自分自身を意識化では届かないようなブラックボックスへ閉じ込めてしまったらしい。これを今のゼイフォードは「自殺」と呼んでいた。あまりにもすべてが唐突な話で何を言ってんだという、誰かに説明を求めたくなるような混乱振りで、いまだに私はその辺はよく分からない。オリジナルのゼイフォードに関わったとされる人々が節々で現れるけど、ゼイフォードはその人たちにオリジナルとゼイフォードとどういう関係だったのかということは問い詰めない。んな暇ないと言えばそうなのかもしれないけれど、でも、大事なことだよねえ?自分の生き死にに関係があるのに。ましてや「自殺」した自分なんかに振り回されたくないとか言ってるならなおさら。で、結局オリジナルのゼイフォードが何を企んで今のゼイフォードを宇宙の支配者なんかに会いに行かせたのかは分からずじまいだった。宇宙の支配者は一貫してクールで猫を飼っていた。この飼っているのが猫というところに好感を持った。この宇宙の支配者はなんか嫌に現象学的な人だった。つまり自分の主観では絶対に物を言わないということだ。だから支配なんてこの人には出来ないと思うのだけれど。なんとなくこの自分ではこうしたほうがいいと言う考えを持ちながら、その一方で、でもそれが本当にベストなのかしらと悩む様子に親近感を持った。私自身はあまりそういうことで悩まないタイプだと思うのだけど、私の周りに何人かそういう人がいて。ましてやなんとかウープとくだらない言葉尻の取り合いをしている間にトリリアンとゼイフォードが彼を置いてこっそり宇宙船で飛び立ってしまうのを、手助けするためにエンジン音をごまかそうとさらにおばかな言葉尻の応酬をいたずらっぽい姿にも好感が持てた。ゼイフォードの曾おじいちゃんくらいに。

 で、どういうわけかゼイフォードとは別れ別れになったアーサーとフォードは大昔の地球にすっ飛ばされて、地球の先祖を作ったのは他でもない自分たちだったということを知る。ここんとこの物語がまた間延びしている。不時着した土地をなんの目的もなく歩き出したかと思えば、隣の行でいきなりもう何週間も過ぎている。なんだそれ。そんなにストーリーを動かさないなんてどういうつもりだ。で、やたらその道の土地の美しさをあげつらう。結果半年見知らぬ星の見知らぬ土地をうろうろと歩き回りそして自分の運命を知る。自分たちの不時着がオリジナルな先祖を殺し、自分達が連れて来たこの愚にもつかないアホな連中が自分の先祖になってしまうことを。生命に対する究極の問いが九九であったことを。その解の得方にはかなり強引なところがあるけどそれ以前に既に強引なところはいろいろあった。これだけを問題にするのはばかばかしい。
 最後ガイドを川に投げ捨ててしまうところは作者自身の行き詰まりを、アーサーたちの自暴自棄に代弁させているような気もする。だって、地球がこの世のすべてではないし、ナンセンスで満ち溢れているガイドを今更捨てる理由は皆無な気がした。だって、ナンセンスなのはガイドじゃなくて現実のほうなんだから。あと、地球に落ちてからフォードが急に人道主義者っぽく振舞うのが腑に落ちなかった。彼は享楽主義的な人物だと思っていたから。なので、そういう知識人おいさを振りかざす彼の姿はなんだかそれまでの彼のキャラに合わない気がした。

 そんな風にして物語は唐突に終わる。思わずどこかに「続く」と書いてないかしらと思うくらいだった。
 けど訳者あとがきは後半の無秩序というか、混乱というか、を取り返すくらいのよい内容だった。やはりこの人自身とてもこの作品のことが好きなようだ。背景にも精通しているし、やっぱりこういう人が翻訳すべきだよなと改めて思った。その作品に思い入れのある人が。大森望の翻訳を読んでるとよくそう思った。
 ダグラス・アダムスは2005年になくなっている。まだ若い。もっとおじいちゃんかと思っていたけれど、80年に一作目を出版したときで28歳だったというから53歳で亡くなってるのかな?映画の完成は見なかったそうである。惜しいね。あんなにいい出来なのに。
 日本では「ヒッチハイク」シリーズは長らく絶版になっていたらしい。20年とか言ってたかな。私の買ったのは2002年の新訳だ。それを考えるとこの作品が日本ではかなりカルトな存在であることはまず間違いないけど、本国ではかなり愛されている作品だということを訳者のあとがきを読んで知った。最初はラジオドラマから始まって、ノベライズされ、舞台化され、ドラマ化され、最後は映画化された。どおりで映画の質がいいわけだよ。これだけ愛されている作品だもん。作る側の思い入れもあれば、既にそこに裏切れない大きな期待があるわけだ。そら手間もお金もかけるわな。

 イギリスはミステリーに満ち溢れている。降霊術に、UFOに紅茶。不思議な国だ。本当はSF自体、イギリスらしいジャンルなのかもしれない。

 この作品にはイギリス人のイギリス人らしさへのこだわりを見せてもらった気がする。そしてその結果として前半ではイギリスって思ったよりもよさそうなところかもという印象を補強してくれる作品ではあったけれど、後半ではその雑然とした混乱と何の決着もつかないままの終わり方に、この先続編を読んでいくにあたって少し心配になってしまった。もうさすがに紅茶ネタでは私を繋ぎとめておけないだろうから。けど、そんなに長いわけでもないし。何とか読みきれるかな。
 願わくは違うイギリス人のこだわりを発見できるといいんだけどねえ。


宇宙の果てのレストラン (河出文庫)


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