SSブログ

「グレート・ギャツビー」 [reading]

 最初、かなりの衝撃を受けた。これはちょっとしたクライシスだったと言ってもいい。読んでる最中も、そして読み終わってからも、これの何処が面白いんだかまったく分からなかった。

 読んでる間中、この空虚さはなんだろう、何処から来るんだろうと気になってしょうがないくらい、この話には中身がないような気がした。虚栄。読んでる間中そんな言葉しか浮かんでこない作品だった。ここに出てくる誰もが無駄に飾り立てている。けばけばしく飾り立てたその下に実質的なものなんて何もないから、それを隠すためにみんな余計に飾り立てる。それはもう行き過ぎて鎧みたいになってるけど、周りのみんなの誰もがそうだからそれがおかしいなんてことには気が付かない。むしろその鎧のけばけばしさを競っているくらいだ。
 そんな空虚な世界で生きている頭空っぽの少女に恋をしたのが運のつき。と言ったようなお話だった。

 この話に出てくるのは当時の、いわゆる「上流階級」と呼ばれるような人たちなんだろうけど、どっちかって言うと「ブルジョワ」って言葉の方が似合うのかな。「成金」とか。彼らの社会的地位は血統の話じゃないから。その世界が形成しているのはお金のヒエラルキーだ。その彼らの暮らしぶりたるや。悲惨だよ。別に働いているわけでもないのに、もっと他にやることないの?と思うくらいその生活様式は下らない。
 「上流階級」って言う人たちの暮らしぶりがどれだけ私の神経を逆なでするかということは、P.G.ウッドハウスの話を読んでもう嫌ってほど身に沁みて分かっているんだけど、ここに描かれているのはそれとはまた別な質の感情を掻き立てるものだった。ウッドハウスの話はイギリスの階級社会で、属する等級に応じた品位があるけれど、フィッツジェラルドの書く世界には品位なんてものは存在しない。あるのは世間体だ。そしてその世間体は売りに出ている。だからこそみんなこぞっえそれを買い上げようとする。その辺の泥臭さが「上流階級」にはない。

 最初はあまりの無感動さにショックを覚えたけど、その衝撃が薄らいで冷静に考えてみれば、なるほどハルキらしい物語かもと思う。ハルキ自身が「個人的な小説」と言うだけあって、物語の壁にハルキの影法師を見ているような気がするくらい。華々しくて中身のない虚構の世界。そこにかかわる気もないのにただ巻き込まれていく主人公。これにハルキは自分を投影したに違いない。よく考えてみるまでもなくそこにはハルキ的エッセンスがそこかしこに散りばめられている。主人公の孤立した環境や傍観的な立場、魅力的な友人の誕生と理不尽な喪失。そしてその喪失は幾重にも重ねられて、そこにいるだけの主人公に重い影を背負わせる。全ては主人公の中をすり抜けていくだけの景色に過ぎないけれど、その景観の変化に主人公は否応なく含まれいている。虚栄の下に隠されているのは、真っ黒な裏切りと不実。ギャツビーが本当は何をして身を立てているかなんてことはかわいく思えるくらいに、筋金入りの上流階級人たちは芯から腐っている。
 物事は全て主人公の周りで吹き荒れて、彼はそれに翻弄されるだけ。気付けば恋も友情も思うままにならなず、それでも彼は世間から距離を置き続ける。自ら進んで孤独を選んで生きているように思える主人公の姿は、確かにハルキの描く「僕」の印象にかなりダブって見える。

 ハルキは作中の表現の"old sport"をどう訳すかと人に聞かれて、「そのままオールド・スポートと訳すつもりです」と答えていた。私は今となってはこれはなじみの表現だからなんとも思わないけれど、知らない人が読んだらやはりこの表現に込められた親しみと敬意は伝わらないだろうな。私がこの作品を読む以前にこの表現に親しめていたという点においては、クリント・イーストウッドに感謝しないでいるわけにはいかないだろうな。
 「真夜中のサバナ」を見てなかったら私もこの言葉が表す独特の距離感はつかめなかっただろうなと思う。「サバナ」でのケビン・スペイシーとジョン・キューザックの距離感はまさにこんな感じだったと思う。夜会のホストが来客をそう呼ぶシチュエーションもそっくり同じだし、ホストがその客にただの客以上の親しみを感じているという感情の趣も似ている。色々読んだり見たりすることは他の作品の理解を助けることにもなる。そんなつもりはないところで何かを別の何かが相対的に押し上げる。そんな見えない相関関係を考えるとなかなか感慨深い。私たちが知らないだけでいろんなものがいろんなものに影響しあっている。私たちが知っていることは、多分全体の表面の、そのほんのちょびっとの部分だけなんだろうな。

 一応これって青春小説なのかな。ハルキがのめり込んだ理由の一端を知る程度にはこの作品を理解出来たんじゃないかと思う。なぜあれほどまでにという程度の問題に関しては、これはあくまでハルキの「個人的小説」なわけだから、ハルキを個人的に知らなければ分からないことだろうな。

 もう一回くらいは読んでもいいかもしれない。

グレート・ギャツビー (村上春樹翻訳ライブラリー)


タグ:村上春樹
nice!(0) 
共通テーマ:

nice! 0

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。