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「風の歌を聴け」 [reading]

 あんまりこういう陳腐な表現は使いたくないんだけど、これを一言で評すると「マスターベーション的作品」という言葉が浮かんできてしまう。作家活動なんて結局のところみんなそうなんじゃないかと言うかもしれないけど、違うよ。ハルキのは本気で、本当に一人でこれを書いている。気がする。
 それくらい、私の思っている以上に、ハルキは相当素直に自分の話を書いているのかもしれないと思わせる作品だった。

 処女作から受ける印象は、「強がっているふり」だった。他人に無関心を装っていると言うか。若いときによくある間違った感情処理だ。それがクールと思ってるんだよ。メジャーを遠巻きに、変わった友達とだけつるんで、世界のことなんてよく知りもしないくせに、知ったふうになって斜に構て冷た目で見るように努めてる。けど、その思い込みのクールは結局人を傷つけている。何よりも一番近くにいる人を。この場合、「僕」は結果としてそのクールさが鼠を遠ざけ、いつかそのまま失ってしまうのをこの時の「僕」はまだ知らない。だからこそ、何年も経って、鼠を失ってしまって初めて、「僕」は自分がクールと信じて疑わなかった行為の招いた現実を知って泣くんだ。それをすごく切なく感じた。
 本来なら、私も物語と一緒にその変遷をたどってくるはずが、私の場合は彼らの歴史の後ろの方からやってきて、既に物語の終わりを知っていて今この物語に辿り着いている。この後に起きる「僕」の全てを知った上でこの物語を読むことはかなり感傷的な気持ちにさせられた。装われたクール。はき違えられた美徳。束の間の幸福。これから「僕」が失っていくもの。それはこれから「僕」が得るものよりもはるかに多い。
 この後の他のどの作品でも二度と繰り返されないハッピーエンディングに、これから「僕」が生き抜く人生を思うと、そのコントラストがあまりにも痛々しい。ここで私が言っている「僕」は、この三部作の「僕」に限らない。今こそ思う。ハルキの描く「僕」は全て同じ「僕」なんだ。ハルキの化身としての。

 処女作だけあって、ヒロインが他に類を見ないほど刺々しい。痛々しい。笠原メイだってここまですれてない。不幸な二人が片寄せあうのに、なぜかいつも置いていかれちゃうのは「僕」だ。みんな「僕」を置いていってしまう。ある意味何かが「僕」を見限らせているのかもしれない。みんな何か大事なことを「僕」に伝えようとしているんだけど、僕の間違ったクールさがみんなにそれをさせない。そしてみんなは決意する。「僕」に何も言わないまま、自分で大事なことを決断する。そしてそれは結果としていつも「僕」と決別するという以外の選択肢ではありえない。「僕」は「僕」であることが大切な人たちを遠ざけるという不幸にとりつかれている。大切な人を失うほかない運命なんて、私だったらちょっと生きていられないだろうなと思う。そんな人生でよく「僕」が自殺しないなと思うよ。
 一番気に入ったのは、冬休みになって「僕」がまた神戸に戻ってきたとき、小指のない女の子がいなくなってても、二人で散歩した道を何度も何度も繰り返し歩いたというところ。いなくなったと知って、彼女の思い出のために一度だけ歩いたとか言うんじゃなくて、何度も歩いたというところが気に入った。さほど踏み込んだ仲になったわけでもなかったのに、「僕」にとって小指のない女の子はもう既にそれだけの人になっていたんだなぁと思って、そこが好ましかった。ただ、「僕」自身も、そんなことをするまで自分がそれほど小指のない女のこのことを想ってたんだってことには、不幸かな、気が付いていなかったみたいだったけれど。誰が誰のことを一番想っているかなんて、ほんとに分からないよね。
 悲しみに今はまだ涙の出ない「僕」。結婚してにわか幸福にめずらしくのろけてみせたりする様子は、実際の描写とは裏腹に、その後に始まる全ての悲哀の暗示的なプロローグとなって暗い影を投げかける。ここが全ての始まりなんだと思うと、この5分で読めてしまうような手軽な小説が、やけに悪意に満ちたもののように感じられた。

 これで、ハルキのクロニクルを上から下まで押しなべて読んだことになる。実は、初期の作品は読まなくてもいいだろうと思っていたのだけれど、無理やり貸されて結局読むことになって、でも読んでみると、これまでハルキの他の主要な作品を読んできた人間としては、この初期の3部作を読んだことはかなり重要な意味を持ったんじゃないかと思う。

 ハルキって今何してるんだろうな。創作的なことからは離れちゃってる気がするんだけど。ちっとも創作活動しないで、エッセイやら翻訳やらでお茶を濁しているのを見せ付けられるのは落胆甚だしいけど、でも、そんなに年がら年中いいもの書けるやつなんていないだろうし。ハルキのこれまでの創作リズムみたいなのを考えると、今はエネルギー溜めてるところなんだろうなと思う。そう思いたい。
 今はゆっくり滋養をつけて、また読み応えのあるいい作品を書いて欲しい。


風の歌を聴け (講談社文庫)


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