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「ラッシュライフ」 [reading]

 予想しなかったほど重い内容だった。
 特に、不倫のカップルが離婚できないならお互いのパートナーを殺してしまえと、計画したら当の不倫相手に裏切られたり、宗教家のリーダーの神秘性を試そうとして意味のない殺し合いをしたり。どのエピソードにも救いがなくて、今まで読んだ伊坂の話からは想像しないくらい荒んだ話だった。
 今までの作品から、伊坂の話は、きれいごとと人の欲望を根幹とする現実というテーマのコントラストがあって、そのジレンマに個人の正義感が挑戦する姿勢を、それでも泣き顔のピエロが笑いを取るような悲哀のこもったユーモアで包むと言うイメージだったけれど、これにはユーモアはない。茶化したり、なだめたり、すかしたりと言う、悪戯に気を紛らわすようなことは一切なくて、どのエピソードのどの場面も100%ガチンコで描かれている。そんなエピソードが時間軸も前後時ながら錯綜するんで、そりゃあ消耗したよ。『うへえ』って感じだった。
 つまり、読んでて全然楽しくはない話だった。

 私は「ラッシュ」は「rush」だと思ってたよ。ったら、それぞれのエピソードで「ラッシュ」の意味が違った。でも伊坂的には「lush」なのかな。話の冒頭と終わりで引き合いに出しているから。
 泥棒の黒澤が「俺の前で二度と「定義」なんて言わないでくれ」と言って初めて、『おお、この人は「重力ピエロ」の探偵じゃん』と気が付いた。伊坂は常にいくつものエピソードを手の中で転がして面白くなりそうなのだけを取り出して個別の作品に仕立ててるんだろうな。萩尾望都が気に入った脇役キャラで後日別作品を起こしたことを思い出した。キャラを作るって時々そう言うことを引き起こすんだろう。ハリウッド風に言うならスピンアウトだな。伊坂の場合にはこれが恒常的に行われているんだ。他の人たちに観たいに1作1作でキャラやら環境設定やらを考えなくていいわけだから、伊坂の取り入れてるご当地限定のスター制度は他の作家に比べたらかなり有利なように思える。どうして誰も今まで思いつかなかったんだろうなぁ。あ、キングがやってるか。でもここまであからさまな相関はなかったと思う。

 私が気になったのは最初にあげた2つのエピソード。最後には発狂する精神科医。自分が自分を不幸にしているとなぜ気付かない。大体あなたは男というか、人をを見る目がない。この人は不倫相手に裏切られて自分の殺害計画が露呈するずっと以前から狂っていたんだと思わせられた。
 後者の宗教団体をめぐるエピソードは好きだった。この人、超自然的テーマもいけるんだと思って意外だったと言えば意外だったんだけど。あと、「河原崎」って名前を読んで、『この人はどうしても川って字を使いたくないんだな』と思って苦笑した。でも、この河原崎って子がちょっと気に入った。これも自分で自分を不幸にしてるオタク青年ではあるけれど。ことを起こしてしまった後の彼は別人みたいに行動的で、思い切りがあった。
 不愉快だったのが、傲慢な画廊にくっついて歩いてる画家の女の子。この話の中で唯一の傍観者だ。だから苛立たしく感じるのかも知れない。彼女だけは人を裏切っても何の責任も発生しない。それが気分悪かった。ただ単に彼女の場合はこれからと言うことになるのかもしれないけど。
 黒澤だけはクールに降りかかってくるトラブルをひょいひょいっとよけて生きていける。そう言う人間が1万人に1人くらいはいるもんだと思ってしまう。私の友達もよく言うけど、「才能」だな。そして才能は人それぞれだ。才能がなきゃ箸にも棒にもかからないってことがある。努力だけではどうにもならないってことがある。つまるところ、人はその才能をどれだけ持ち合わせているかと言うことで人生の平和がある程度決定されてしまうんだろうな。私みたいに不器用な人間は黒澤みたいな人間に純粋に憧れてしまう。確かに彼みたいな人間だったら一人で生きて行く方のが向いてるかも知れない。

 もちろん今回もペットショップも犬も出てくる。外国製宝くじも出てくる。出てくるけど、犬は野良犬だった。何犬かは明言していなかったと思うけど、なんとなく豆柴なのかなと思って読んでた。伊坂は豆柴が好きみたいな印象を受けたから。
 まあ、最後は多少なりとも前向きなエンディングになってて、強いて言えばそれがこの作品を通しての唯一の救いだったかな。ちょっと苦しいけど。

ラッシュライフ (新潮文庫)


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