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「アヒルと鴨のコインロッカー」 [reading]

 面白い。「多田便利軒」並に面白かった。
 つまり、この作品も文学的にどうとかいうより、ドラマ性に優れてるというのが読み終わって最初の感想だった。読み始めてからこの作者が「陽気なギャング」の原作者でもあるということを知るにつけ、更に納得した。最初からドラマ化されることを当て込んだかのようなこのプロットは確かにそのまま脚本にできるだろう。それくらい、文学性よりもドラマ性に際立った作品だった。

 話の内容的にはとてもシンプルなんだけど、とても手の込んだプロットにしてあって、そこが作家としてのテクニックなんだと思うんだけど、でも、読み終わって、この人はこういうのが得意なんじゃないかと直感的に思った。宮部みゆきが書く話みたいに、それを書くために特別何かの分野に対する深い造詣が必要だったり、入念な調査が必要だったりする話ではない。そこが好ましかった。ただ単純に作家としてのプロットのテクニックの問題だと思う。そしてそれは多分もうセンスの問題だと思うんだよね。そりゃ訓練すれば確かにある程度うまくはなるのかもしれないけれど、それ以上は、本当の意味でそれを完全に操れる、もしくは自然に操れるようになるには、話を描く場合にだけではなく、どんなことにおいても、才能って言うのが必要だと思うし、その才能には個人差、つまり、限界があると思うのよ。そしてこの人の場合、その方面の才能が人より長けているんじゃないかと思った。だから、それくらい話の本筋としてはシンプルなものなのよ。
 宮部みゆきなんかを読んでると、ここまでしなきゃ人にいいって言われる小説って書けないかねと思ってうんざりするけど、こういうシンプルな筋をテクニックだけでこんなに盛り上げられる人の作品に出会うと、ほんと心が洗われるようにほっとする。まあいろんな作家がいていいって言うことだろうとは思うけど。

 へんてこなこの物語のタイトルは読んでると何のことを言っているかちゃんと分るようになっている。二人で神様を閉じ込めに行くラストシーンは感動的ですらある。ちょっとキザ過ぎると思うかもしれない。椎名みたいに。作りすぎだと。だけど、それをやっているのがドルジだから、全く違和感はない。むしろすべてが型にはまる。物語がそう終結することで、すぺてのピースがはめ込まれたパズルみたいにすがすがしい気持ちにすらなる。私はドルジのキャラが一番好きだったな。彼がこの物語で一番重要なキャラだったと思う。椎名とドルジ。椎名は自分がこのドラマの部外者だと思ってる。だけど、実際には彼なしにはこの物語は終われなかった。彼こそがこの話に必要なヒーローだった。

 私が好ましく感じたのは、キャラを相当丁寧に作り込んでいるということだった。それがこの作者の才能でもあり、作品の魅力になっているんだろうと思う。そんなえエピソードはなくても物語は進むというような、本筋とは関係ないちょっとしたエピソードをちょいちょい挟んでくるんだけど、そのエピソードが無言のうちに語るドラマはまた別のドラマを呼ぶくらいに大きい。この作者の伊坂って人は、ちょっとのエピソードでうまく作者にドラマを想像させるテクニックってのをもってると思う。うまく導入部分だけを示してあげれば、後は読者がいいようにドラマを膨らませていくという手法を心得ていると思う。私が感心したのは、麗子さんが痴漢を摘発するエピソード。最初これ自体は、椎名と出会うきっかけを付くだけの口実に思える。事実、本筋とはまったく関係がない。だけど、実はそのエピソードが本筋の結果がもたらしたものだと知るとき、読者はそこに文章にされなかった別の物語を一瞬にして想像する。あれには圧倒された。いい意味で閉口させられたよ。そんなところまで計算してプロット考えてるのかと思ったらその小細工が憎らしくてしょうがなかった。
 あとは、話にセックスの描写がでてこないことも好ましかった。どんなに節操のないキャラを出してこようと、カップルを出してこようと、決して具体的な性描写を必要としない物語であることに好感が持てた。ドルジと琴美の愛情はあくまで会話の中に現れる。そこに単純にセックスに走る愛情表現よりももっと深いものを感じられる効果があったと思う。

 なので、河崎のキャラにはちょっと抵抗があった。これだけキャラのよく描けているんで、河崎の支離滅裂さはどうしても気になた。河崎は、自分の目指している人生とは裏腹に小さな人間で私をがっかりさせた。むしろ、ドルジの演じる河崎の方が一貫していてより河崎らしいような気すらしたけど、それはきっとドルジの性格が反映されているだけのことなんだろう。つまり、河崎自身、河崎を演じようとしていたんじゃないだろうか。
 あと気になったのは、琴美と河崎の関係どう始まってどう終わったからこんな状態に到っているのかが分らなかったこと。琴美の河崎に対する嫌悪感がいまいちリーズナブルに伝わらなかった。
 それと、出てくる女の子のキャラが偏りすぎてるようなところも気になった。普通の女の子が出てこない。みんな変わってて、癖がある。まあ、煎じ詰めればみんなそうだって言いたいんだろうけど、でもそれって、ちょっとリアルじゃないよね。こういうとこがキャラクター小説の欠点かなと思った。
 で、河崎の意外なまでのナイーブさ以上に気になったのが、死人の多いこと。『ちょっと死にすぎなんでは?』と思った。みんな死ぬ必要はないんじゃないかな。
 最初の方で、特に地名とかが出てこないのも、そう言うのを隠すタイプの人なのかなとちょっと気になったけど、途中唐突に「仙台」って言葉が出てきて、そのモヤモヤも解消されたのでよかった。ドラマの中心がローカルであることにも好感が持てた。きっと伊坂なんとかって仙台の人なんだろうなとか思ったりして。

 物語のクライマックスで超自然的なエピソードを入れてきたり、キザなまでのラストシーンにお涙狙いのプロットが隠せないけど、でも、ドラマとしての完成度はすばらしいと思う。久しぶりに胸のすくような話を読んだ。

アヒルと鴨のコインロッカー


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