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「剣客商売十二 十番斬り」 [reading]

 意外と面白かった。こういうのはダメかと思っていたんだけれど、結構楽しめた。小さいときおじいちゃんの付き合いでよく時代劇は見たけど、面白いと思ったことなかったんでどうかなと思ってた。ああ、でもそう言えば、「必殺仕事人」だけは家族で気に入って観てたな。あと、「影の軍団」とか。子供ながらに勧善懲悪でないところがよかったのかもしれないね。東山の金さんとか、大岡越前とか、銭形平次とか、水戸黄門とか、大分観たけど面白いと思ったことはなかったなぁ。ただ、大岡越前はあのサラリーマン然とした社会機構と淡々とした正義感みたいなのが好きだったな。大岡越前と小石川の先生なんて言ったっけ、あれがさ、すごい地味でしょ?絶対興奮したり感情的になったりしないの。なってもさ、ポーズだけなの。あの淡々とした感じが好きではあったけど。

 池波正太郎は、日本人の作家はつまらないから読まないと言ってはばからない私にある人が薦めてくれた。この本はその人との待ち合わせの間に本屋さんで選んだ。あと、司馬遼太郎も薦められてて一緒に見てたんだけど、司馬遼太郎はなっがいのなんのって。文庫であんなに厚くって上・中・下とかになってるとさすがに読む気がしなかったのでやめた。そもそも私は忍者の話とかに興味がないんだなとも思う。

 私のイメージする時代劇は、ワンパターンの勧善懲悪ものだったんだけど、実際これが中世ヨーロッパみたいにセックス&バイオレンスで驚いた。すごい。すごいよ。大体主人公が70目前のおじいさんなのに、その奥さんが自分の息子と一緒に育った自分の娘も同然の子だった。すげー。なんだこの倫理観。でもきっとそういうのって戦後ぐらいまではあったんだろなと思う。お母さんの友達も16で40だか60だかのおじいさんに嫁いだとかって聞いたし。ただね、この中に出てくるエピソードではこの平均的な親子以上に歳の離れた二人の間に夫婦愛みたいなのは感じられなかったな。確かにおはるをかわいがっているのかもしれないけど、動物をかわいがる以上の愛情がそこにあるのかなっていう感じだった。だから、なんていうか、恋女房とかっていうわけじゃないってことよ。必要だからそこにいるみたいな。それはおはるも同じように思った。

 さっきも言ったけど、この小説の中に見える生活はかなり生々しい。というか生臭い。人の心の後ろ暗さというか、欲望に駆られたときの醜さみたいなのが多くちりばめられていた。姦通を果たすという目的のためだけによそのうちの奥さんの名前を騙る人妻とか、主人公の再婚を責めて縁を切った前妻の弟が急に手のひらを返したように主人公との復縁を快く迎えたのは、結局自分も外に家族を囲ったためだったりとか。ただ、池波正太郎という人の描写がかなり大雑把と言うか、大胆なので、その生臭さに顔を歪めずにすんでいる。大雑把と言うと荒削りとか、雑ってイメージだけど、そうじゃなくて、なんてい言ったらいいのかな。えーと、すごいさばさばしてるのよ。感情をそぎ落としてるって言うか。感情はみんな台詞の中にあると思えるくらい、つなぎは淡々としている。そして美文でないというわけでもない。
 「そして、爽涼たる朝が来た」
 なんて、この一言だけにどれ程美しい情景が含まれていることか。とにかく、竹を割ったような表現で貫かれていて、曖昧だとか言うことは一切なかった。そして、人を切るときも竹を割るように腕が飛び、脚が飛び、血が飛んでかなりのスプラッターだった。しかしほんの少しの動揺もない。描写としてなんのためらいもない。今時の話だったらそれがどんだけ大変なことか大騒ぎして描写して見せるとこだけど、「腕が飛んだ」、「脚が落ちた」と言うだけで、その様子の壮絶さは完全に読者の想像力に委ねられている。おびただしい返り血を浴びたであろう「汚れた着物」や、刀から血をぬぐう姿から想像するしかない。まったくなんて時代なんだ。

 私がこの本を選んだのは、これが全体的に短いと言うのもあったんだけど、オムニバスだからと言うこともあった。
 私が気に入ったのは最後のエピソードで、これは「剣客商売」シリーズの先の方にあった話と繋がりがあるとかで、もともとはそっちからのキャラだった。1,500石の旗本が刀の試し切りをしたくて辛抱堪らず辻斬りなんぞをしてしまうんだけど、すごいのはそっからで、その旗本は人を斬ることに愉悦を見出してしまったのね。で、そんなことを重ねていてばれないわけがない。とうとう現場を秋山小兵衛に抑えられて、旗本は切腹。お家は断絶。妻はショックで病死。一人息子は母方の親戚に預けられるけど、事情が事情名だけに邪険にされておしんか家なき子かと言った体の幼少期を過ごす。けれど、幸運にもかわいがってくれる弓の達人に出会い、暗い過去を否応なしに背負わされてしまった少年はそれでも素直にまっすぐに成長していく。ドラマだ…。私はこの青年が好きだった。
 驚いたことにいくら狂気じみたことをしでかしたとはいえ、父親を追い詰め、家を絶えさせられ、母親を失ったのに、この青年は秋山に対して気味の悪いくらい誠実だった。どこをどうしたらこんなに出来のいい人間になるんだかと思ったけど、私が感心したのはそこじゃなかった。青年は、周りの誰もがブスだという女性を愛していた。ハンパなブスではない。誰が見てもそれはありえないというくらいの器量の悪さらしいにもかかわらずだ。彼は今までセレブの中で生活していたわけだから、美しい女の人を見たことがないわけではないだろうに、彼が選んだのは貧しい農家の後家さんだった。ただ、この後家さんも後家さんで夜這いに行ったのは彼女の方からだったけど、でも、毎日でも彼女を求めて通ってこようとする青年を彼女は
 「たのしみは、むさぼるものではありませんよ」
 と言って窘めるだけの良識もあったりする。そこが意外だった。この青年が彼女のどこに惚れたのかこの時分ったような気がした。
 あまり感情を行間に滲ませない作家だと思っていたけれど、この青年の農家の後家さんに寄せる想いはぬくもりとして伝わってくるようで、私はこのブスいという後家さんがうらやましかった。周りの人は不似合いな夫婦だと思っている。けれど、当人たちの深い愛情を彼らが知る由もない。二人が他人には理解できない深い絆で結ばれていると言うことが私には小気味よかった。

 最後に、この文庫に解説を書いている人が、自分の妻や娘を捕まえて、「彼女たちと三冬やおはるのあいだには、天と地のひらきがある」とか言うのには、思わず『殺すぞお前』と毒づかずにはいられなかった。なんだその偏見は。私がこの人の奥さんだったら、「お前のためになんかもう飯は作らん」と言うね。せっかくここまで気持ちよく読んでたのに、この解説のおかげで読後感が台無しだと思った。
 明らかにこの時代の「男らしさ」とかその風情に憧れているようだが、この分じゃただの勘違いだな。形にばかり執着するのは悪いオタクの典型だ。中身が風情を作るんだよバーカ。

 で、池波正太郎を薦めてくれた人にこれを買ったんだと話したら、「それは面白くないのに。一番人気があるけど」と言われてしょんぼりした。


十番斬り


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